興和生命科学振興財団 設立35周年記念

臨床研究40 年からの教訓

熊本大学 学長
興和生命科学振興財団 理事
小川 久雄

小川 久雄

近年日本の科学研究力の低下は著しい。その証拠に科学論文の質の指標であるTop10% 補正論文数における日本の世界ランクは2003 年までは4 位であったが、その後急速に低下、最近の2018 年のデータでは11 位に低下してきている。基礎生命科学論文も2019 年に10 位、臨床医学論文も2019 年には9 位となった。もはや日本は科学技術立国とは言えなくなってきている。日本を再び科学技術立国とするために若い研究者に大いなる奮起を期待する。

私は40 年以上にわたり医学臨床研究をやってきた。自分の経験から若い研究者にメッセージを述べてみたい。私が臨床研究を始めたのは1981 年国立循環器病センター(現在の国立循環器病研究センター)においてである。Non-Q wave infarction に興味を持ち、ST 低下型、ST 上昇型、T 変化型の3群に分類されることを1985 年British Heart Journal に発表し、Q-wave infarction に比べ、梗塞後狭心症や再梗塞が多いことを1986 年にAmerican Heart Journal に発表した。得られた結果を必ず英語論文にする事を厳しく指導して下さったのは泰江弘文先生であった。16 年に渡って泰江先生の元で仕事ができた事は幸いであった。先生の研究スタイルは大部分の教授と違っていた。通常は実験研究から臨床研究につなげていくものだが、先生は患者の状況を問診から詳しく聞き、臨床研究を立案するものであった。私に与えられたテーマは血栓、特に冠動脈血栓であった。ただ、小さな診療科で研究費もほとんどなかった。しかし、マンツーマンに近い指導が受けられた。最初に生体内Thrombin 生成の指標であるFibrinopeptide A をマーカーとして冠攣縮との関連を研究し1989 年、1990 年のCirculation に掲載された。その後、自分でテーマを考え凝固、線溶、血小板、免疫分野で多くの国際誌に掲載することができた。

1994 年からは多施設共同臨床研究に取り組んだ。1994 年から急性心筋梗塞患者を対象にJAMIS を行いアスピリン81mg/ 日投与による再発予防効果が日本人においてもあることを証明した。次にJBCMIstudy、MUSASHI-AMI を行った。日本における大規模多施設臨床研究の始まりであった。

2002 年に大きな転機を迎えた。それまでは循環器専門医の先生方と二次予防の研究を行っていたが、JPAD trial は糖尿病患者に対するアスピリンの一次予防効果を検証する研究であった。このため全国の開業医の先生方にお頼みして始めた。この結果は2008 年AHA のLate-breaking Clinical Trials に発表、JAMA に同時掲載された。これが私の人生を変える事になった。全くのチャレンジであり、予想すらしなかった事であったが、世界の舞台で勝負できると思った。

2015 年から心房細動を合併した安定冠動脈疾患患者において、経口抗凝固薬リバーロキサバン単独とリバーロキサバン+抗血小板薬併用とを比較したAFIRE study において、リバーロキサバン単独療法が併用療法に比較して心血管イベントの発生を増加させることなく出血性イベントを有意に減らすことを示し、共同研究者の安田聡先生が2019 年ESC Hot Line 発表とNew England Journal of Medicine の同時掲載を実現した。

以上、私の40 年の臨床研究からの教訓として、日常臨床の細やかな診療から世界に負けない臨床研究が生まれる、得られた結果は必ず英語論文にする、さらに学会発表と英語論文の同時掲載を目指す、良い結果は自分の思う以上の学会、雑誌に挑戦してみる、以上をあげて結びとしたい。