興和生命科学振興財団 設立35周年記念

研究のすすめ

慶應義塾大学 名誉教授
国際医療福祉大学市川病院 病院長
興和生命科学振興財団 理事
大谷 俊郎

大谷 俊郎

興和生命科学振興財団設立35 周年の記念誌発行にあたり、現理事の立場から謹んでお祝いを申し上げますとともに、令和時代の若き研究者に向けた「研究のすすめ」を一言申し上げたいと思います。

私は平成28 年から令和2 年まで4 年間評議員として、その後令和3年から現在までは理事として当財団に関わらせていただいております。私自身は臨床医としては整形外科を専門としており、膝関節外科とバイオメカニクス、スポーツ医学などを研究してまいりました。古い話になりますが、1991 年から93年までの2 年間は英国Leeds 大学に研究留学する機会をいただき、関節軟骨の基礎研究を行う機会も得ました。臨床で突き当たるさまざまな疑問は研究のseeds となる事が多く、忙しい臨床業務に追われていると無性に研究がやりたくなります。また研究で壁にぶつかり落ち込んでいるときには、臨床に戻りたくもなります。患者さんからの「先生ありがとう」の一言で救われることも多いものです。まさに研究と臨床は表裏一体のものであり、両方が補完的に作用します。しかしながら、近年の若手研究者を取り巻く環境は残念ながら厳しさを増しているように見えます。

臨床系のphysician scientist を目指そうとするとどうしても必要になる各科の専門医資格ですが、卒後研修の必修化に伴う研究開始年齢の上振れの影響などもあって、専門医資格を取り終わる頃にそこから新たに研究を始めるには以前よりも高いハードルが立ちはだかるように感じても無理はありません。言い換えれば、例えば指導者から研究を勧められても、いざそこに身をおくかどうかの決断にはより一層のmotivation が必要な時代になっているとも言えます。有望な若手医師の中には結果的に踏ん切りがつけられずに研究へのmotivation が失われてしまい、学位取得を諦めてしまう人も少なくありません。大所高所からこの現象を見るとまさに「日本の危機」であると感じます。日本の有能な人材が研究に背を向けたり、海外へ流出するようでは、日本の国力向上は望むべくもありません。

この流れを打破し、若手研究者が研究への意欲を維持し、その楽しさを実感するまで没頭できるように、当財団の研究助成、海外渡航費補助などの制度をぜひご活用いただき、研究への前向きな姿勢を維持する一助としていただきたいと思っております。そのことは単にご本人の人生を豊かなものにするだけでなく、近未来の日本にとって不可欠な流れであると確信するからです。若手研究者、若手医師のみなさま、どうか自分の可能性に自分で蓋をすることなく、失敗を恐れずに前向きに一歩を踏み出して下さい。いざ踏み出して見れば、それまで見えなかったさまざまな新たな世界が視野に入って来ます。最初の一歩は、それ自体は小さくても歩き出すことで自分の成長が実感され、それがまた次の一歩を後押しして、最後に大きな花を咲かせるための第一歩でもあるのです。