興和生命科学振興財団 設立35周年記念

SDGs 時代のキャリア形成

自治医科大学 学長
永井 良三

永井 良三

東日本大震災やコロナ禍のような社会変動を経験すると、無常を意識せざるをえない。災害や疫病以外にも、社会の持続性には多くの課題がある。高齢化と人口減少だけでなく、地球温暖化やエネルギー危機、食糧問題も深刻である。最近は、プラネタリーヘルスという言葉で、人間と地球の健康を一体としてとらえるようになった。

社会変動は、若い世代のキャリア形成に大きな影響を与えるが、状況に対する感受性は個人差が大きく、身近な問題と感じない人も多い。しかし研究者をめざす若者には、例え小さな問題であっても、アンテナを高くして問題の本質について自分の頭で考え、洞察してほしい。

社会変動は不安をもたらすが、創造性のもとでもある。変動を乗り越える最良の処方箋は、創造的な生き方に見出すことができる。創造的とは世界最初の生き方をすることではなく、自分の頭で考え、自分の言葉で表現することである。研究は、世界最初を目指さなければならないが、実際は地道な作業の連続である。しかし自分の好奇心と考えに沿ってひとつずつ問題を解決していくこと、一つの問題が解決したら、その延長にある新たな問題に挑戦を続けていけばよく、いずれ最先端にたどり着く。したがって研究者は、個々の論文のインパクトファクターではなく、生涯にわたって追求する自分の研究の文脈や物語を考えることが重要である。

近年、日本の科学技術の地盤沈下が著しい。論文数だけでなく、引用回数も日本の地位は低下している。大規模化した生命科学・医学研究に対応できる体制、データ時代への対応、そのための人材育成が進んでこなかったことが大きい。しかし海外へ留学する学生や研究者数が減っていることは、体制だけでなく、研究者側にも問題のあることをうかがわせる。帰国時のポストが心配という声もあるが、新しい領域を開拓すれば、ポストに困ることはない。

日本の大学は人事の流動性が低く、同門の序列が優先される。このため個性的で、新しい領域を開拓した研究者は異邦人として敬遠される。しかし異邦人から学ばない組織は、権威や夢物語に支配されることになる。これを防ぐには、自分の頭で考えられる人材を育成しなければならない。危機には周期性がある。若い方々には、時代の変化をよく見て、挑戦を続けてほしい。