興和生命科学振興財団 設立35周年記念

“Physician Scientist” であることを楽しもう!

東京大学大学院医学系研究科 循環器内科学 教授
小室 一成

小室 一成

公益財団法人興和生命科学振興財団設立35 周年、誠におめでとうございます。またこの度は、研究助成受給者として記念誌への寄稿の機会をいただきまして有難うございます。私は、1995 年に貴財団より研究助成をいただきました。米国留学から帰国し、新しく研究室を立ち上げて一緒に研究する人が増えてきたところであったので、助成金をいただくことができて本当にうれしく思ったことをよく覚えています。それ以来四半世紀あまり大学病院の臨床医として臨床・教育・研究を続けてきましたので、その経験から今考えていることをお話ししたいと思います。

我が国は科学立国を標榜していますが、近年科学研究が低迷しているといわれています。文部科学省が8 月9 日に公表した「科学技術指標2022」によると、注目度の高い(トップ10%)論文数が00 年代半ばまで日本は4 位を維持していましたが、今回の調査(18 ~ 20 年平均)ではスペインと韓国に抜かれ12 位になったそうです。私が専門としている循環器領域の基礎研究は同じかそれ以上に悲惨な状況です。例えば循環器領域の基礎研究論文を掲載するジャーナルとして米国心臓協会(American HeartAssociation)が発行しているCirculation Research があります。15 年くらい前までは、日本からの掲載論文数は年に十数本と米国に次いで2位をドイツ、イギリスと競っていたのですが、最近では年に1,2本しか掲載されていません。私は数年前までCirculation Research のassociate editor でしたが、編集委員会では日本からの投稿数や掲載数が目に見えて減っている理由についてよく問題にされたものでした。その理由としては、国立大学の法人化、専門医制度、循環器臨床の高度化、基礎研究の高難度化などいくつも考えられますが、我が国独特の理由もあります。欧米において、循環器基礎研究の主体はPhD の学生やポスドクですが、日本では循環器内科医が中心です。内科の中で最も忙しいのが循環器内科ですが、循環器臨床の高度化と国立大学の法人化により、大学に勤務する循環器内科医の臨床に割くエフォートは格段にあがりました。さらに多忙な循環器内科医を目指す医師が減っている現状を考えると、今後は我が国の循環器基礎研究も欧米のようにPhD や海外からの留学生にシフトせざるを得ないのかもしれませんが、我が国独特のこのPhysician Scientist も生き残ってほしいものだと思います。臨床医であればだれでも現在の臨床に疑問や限界を感じると思います。その疑問や限界に自ら挑むことができるとはなんと素晴らしいことではないでしょうか。むろん一臨床医の研究から新しい画期的な医療が生まれることは多くないでしょうが、基礎研究の経験を持ち、常に目の前の患者の病態を考えながら診療にあたるPhysician Scientist は一味違った診療ができるのではないかと私は信じています。興和生命科学振興財団が今後より一層ご発展されることを祈念申し上げるとともに、Physician Scientist のご支援を継続してくだいますようお願いいたします。