興和生命科学振興財団 設立35周年記念

基礎医学研究の発展に期待

藤岡市国民健康保険鬼石病院 地域連携医療センター長
群馬大学 名誉教授
倉林 正彦

倉林 正彦

この度は興和生命科学振興財団設立35 周年、誠におめでとうございます。私は1996 年、「心室再構築の分子機構の解明と新たな治療法の開発」という研究課題で助成をいただきました。当時は米国留学から帰国して、新たな研究プロジェクトのスタートアップが必要な時期で本当にありがたかったことを思い起こしております。医学部を卒業後、研究を始めた時期を振り返りながら基礎医学研究の魅力について述べてみたいと思います。私は1981 年に東京大学を卒業し、臨床医としての研鑽を積む中で、恩師の矢崎義雄先生(東京大学名誉教授、現在 東京医科大学理事長)にめぐり合い、矢崎先生から「心臓病の基礎研究をしてみないか」とのお誘いを頂きました。1953 年英国のワトソンとクリックによってDNA が二重らせん構造であることが発見されてから30 年ほど経つ時代でした。Nature には毎号のように、ヒトの病気の原因遺伝子の構造が掲載され、医学研究がかつてないほどの勢いで進歩しているのを目の当たりにしておりました。そのような中で、マウス心筋にα鎖とβ鎖の2 種類のミオシン重鎖mRNA があることがNature に発表され、分子循環器病学の幕開けとなりました。その論文に触発され、ヒト心筋ミオシンα鎖とβ鎖cDNA や心房筋や心室筋のミオシン軽鎖cDNA/ 遺伝子のクローニングや発現調節機序の解明を目指しました。cDNA ライブラリー作製やプロモーター解析はもちろん、DNAやmRNA の調製ですら困難な時代でしたが、第三内科では、研究好きの同僚が、研究室の垣根を超えて、深夜まで熱い想いで研究や討論を行いました。当初はなかなかうまくいかず苦労しましたが、JCIとJBC に論文がアクセプトされたときの喜びは今でも忘れることができません。その頃、米国のグループがMyoD という遺伝子を発見しました。この遺伝子は線維芽細胞に導入すると、骨格筋細胞に分化誘導させるもので、こうした研究に無限の可能性を感じ、当時、心臓の遺伝子の発現調節機序に関して世界をリードしていた南カリフォルニア大学(USC)のLarry Kedes 教授の元に1990 年5 月に、家族とともに飛び立ちました。夢と希望に満ちた時代でした。留学先ではアドリアマイシン心筋症の分子メカニズムの解明を研究プロジェクトとしました。研究環境はよく、ポスドク仲間との研究室内外での交流は大変充実しており、実験結果も出てきて留学3 年目にはアメリカ心臓協会(AHA)の栄誉あるKatzBasic Research Prize を受賞しました。1994 年夏にUSC から東京大学に戻り、先に述べましたように興和生命科学振興財団の助成を受賞し、心臓リモデリングを調節する転写制御因子の研究を行いました。2000 年に群馬大学第二内科教授に就任し、病気のメカニズムを解明するマインドを持ちながら患者さんを診ることの重要性を中核にして教室を運営してきました。その甲斐あってか、今、国内学で研究指導者となり後進を育てようとしている人も出てくれました。無限の可能性をもつ生命科学研究ですが、特に医学研究では病態解明と治療法の開発を目指して、臨床と社会に貢献してほしいと思います。若き研究者の益々のご発展をお祈りしています。