興和生命科学振興財団 設立35周年記念

令和時代の若き研究者へのメッセージ

京都大学iPS 細胞研究所 名誉所長
未来生命科学開拓部門 教授
山中 伸弥

山中 伸弥

私は今から26 年前に興和生命科学振興財団の研究助成に採択いただき、アメリカ留学中に同定した蛋白質翻訳調節因子であるNAT1(Novel APOBEC1 target 1)の機能解析に関する研究を進めることができました。NAT1 は、私が研究テーマを幹細胞研究へシフトし、iPS 細胞発見に繋がるきっかけとなった因子です。本財団の設立35 周年に際して、私の経験が少しでも皆さんの研究活動のお役に立てると信じ、メッセージを贈ります。

若き研究者の皆さんに第一にお伝えしたいことは、研究者としての「Vision を持つ」ことです。皆さんは何が起こるかわからない毎日の実験にワクワクして、誰よりも早く論文発表することに一生懸命努力されていると思います。それはひとつの目標ですが、生命科学のゴールは人類の健やかな未来(ウェルビーイング)への貢献です。このゴールに向けて、自分の5 年後10 年後のありたい姿(Vision)をしっかりとイメージしてください。自分は何のために研究しているのかを明確にしておくことで、研究者としての軸がぶれませんし、困難な場面でも初心に立ち返ることができます。

そして皆さんは、科学技術を適切に使う、技術に翻弄されない研究者になってください。科学の加速度的な進歩によって、現在私たちは地球を何度も滅ぼすことができる技術(兵器)を手に入れています。しかし本来、科学技術は人類にとって脅威ではなく、恩恵を与えるべきものです。科学は諸刃の剣であることを忘れてはいけません。研究者は常に社会的・倫理的視野を持ち、社会に与えるインパクトも考えて研究を進めることが重要です。

そのためには、より広い視野を持つことが大切になります。近年の生命科学は、AI 創薬やゲノム編集による遺伝子治療に代表されるように、従来は互いに接点のなかった異なる研究分野や技術が融合・統合しながら発展してきています。皆さんには、専門分野を超えて興味ある領域を複数持ち、他分野の研究者と積極的に交流することをお勧めします。さらに国際的にも多様な研究チームを作るために、一度は海外に出て外から日本を見る機会を持っていただければと思います。

さて、研究には失敗がつきものです。野球選手なら打率3割で一流ですが、研究者は1割成功で一流かもしれません。しかし私たちは失敗から多くの事を学ぶことができます。失敗の原因がわかるように、「適切な対照群をおいた実験や正確な記録」などの研究の基本は極めて重要です。そのうえで予想外のことが起こったら、新発見に繋がるチャンスかもしれません。私は「ピンチはチャンス」と考えています。新型コロナウイルスによるパンデミックという人類史上類を見ない困難な時に、世界中の研究者・医療従事者・企業・国が力を併せて、異例の速さでワクチンの提供を可能にしました。困難なときには一人で考えずに仲間と議論し一緒に考えましょう。失敗を恐れず果敢に挑戦し、予想外のことが起こっても、一喜一憂せずに研究を楽しんでください。

最後に、斬新な発想や豊富なアイデアは若い研究者の財産です。私も生命科学の研究者として、皆さんと切磋琢磨できることを楽しみにしています。これまでの常識を覆し、将来の医学・医療を変える礎となる皆さんの研究の発展を祈念しています。