興和生命科学振興財団 設立35周年記念

不安を抱きながら新しい研究にチャレンジした、
研究室立ち上げの思い出

京都大学 名誉教授/ 京都大学大学院医学研究科 特命教授
公益財団法人田附興風会医学研究所北野病院 理事長
稲垣 暢也

稲垣 暢也

この度は公益財団法人興和生命科学振興財団の設立35 周年誠におめでとうございます。私は、1998年に「経口血糖降下剤の作用機序の分子基盤」というテーマで研究助成をいただきました。

私は、1984 年に京都大学医学部を卒業後、内科臨床医として病院勤務の後、京都大学大学院に進学し、第二内科で糖尿病に関する研究を行い、学位を取得しました。大学院時代での研究が楽しくて、さらに邁進したいと思っていた1992 年に、千葉大学医学部附属高次機能制御研究センターに海外から帰国されて教授に着任された清野 進先生に、助手として教室の立ち上げを手伝ってくれないか、とお声がけをいただき、迷うことなく応諾し、本格的に糖尿病に関する基礎研究が始まりました。その後、当時もっとも広く糖尿病治療に用いられていた血糖降下薬であるスルホニル尿素薬の標的分子であり、またグルコース刺激によるインスリン分泌の鍵となる分子であるATP 感受性カリウム(KATP)チャネルの構造決定に成功し、1995 年のScience 誌にResearch Article として掲載されました。そのような業績が評価され、1997 年に秋田大学医学部生理学第一講座の教授に着任しました。

教授に着任して、いきなり大きな不安に襲われました。一つは教室には私の着任以前から教室に在籍している二人の教員しかいないこと、もう一つは研究費をどのように獲得するかという不安でした。ただ、私が千葉大学に赴任した時のラボのセットアップの経験がこの時に大変役に立ちました。私の研究は分子生物学的手法を用いる研究が主体でしたが、着任した当時の秋田大学の教室は、いわゆる旧来の生理学教室で、分子生物学的研究に必要な遠心機も無いような状況でした。初めて自分の裁量で購入したオートクレーブが新しく搬入された時の喜びを今でも鮮明に覚えています。そのような苦しい折に、興和生命科学振興財団から研究助成をいただけたことは大きな喜びでした。もう一つの人材不足の問題ですが教室に以前からおられた助手の先生が、彼の関心は異分野の脳の研究だったのですが、議論を重ねることで幸い代謝学に興味を持っていただけて、一緒に研究することができました。さらに、中国からの留学生も加わってくれて、KATP チャネル欠損マウスの脳機能に関する研究で興味深い結果が得られ、2001 年にScience 誌に発表できました。その後は研究費を順調に獲得することができ、当初の予算面での心配は杞憂に終わりました。

今から思えば、教室の立ち上げは大変な不安を伴うものですが、若い研究者の皆さんに是非お伝えしたいのは、小さな論文を幾つも書くよりは、少なくてもよいので出来るだけ大きな論文を書いてほしいということです。そしてそのためには、誰もが面白いと思ってくれるようなアイデアと、その実現のために一緒になってチャレンジしてくれる優秀な共同研究者が必須だということです。私はその後2005 年に京都大学大学院医学研究科糖尿病・栄養内科の教授として臨床に戻りましたが、不安を抱きながら新しい研究にチャレンジした秋田大学教授着任時代は、とても貴重な経験でした。