興和生命科学振興財団 設立35周年記念

私の研究生活を振り返って
~これまでとこれから~

九州大学大学院医学研究院 病態制御内科学(第三内科)主幹教授
小川 佳宏

小川 佳宏

興和生命科学振興財団の設立35 周年、誠におめでとうございます。

私が京都大学医学部の卒業は1987 年(昭和62 年)であり、財団と同じく大学卒業後35 年目を迎えます。今年度に還暦を迎えて、子供の頃からの好奇心は健在ですが、「気力」・「体力」・「記憶力」のような「・・・力」の衰えを痛感します。年相応の「判断力」くらいは身に付いたでしょうか?

医学部学生時代に井村裕夫教授(京都大学元総長、日本学士院前院長)の内分泌学の講義を受けて、下垂体や副腎のような小さな内分泌器官より分泌されるホルモンが全身に張り巡らされた血管を介して身体の隅々まで運ばれて作用することに感動し、「内分泌代謝学」を専攻することに決めました。大学院博士課程から助手の時期は駆け出しの研究者として、昼間は診療、夕方から夜遅くまで実験という当時の臨床医の標準的な研究生活を送りました。体力的にしんどい毎日でしたが、「ナトリウム利尿ペプチドファミリー」や「レプチン」に関する研究を通して国内外の多くの研究者に出会い、一流の研究者の生き様を垣間見ました。

2003 年4 月に京都を初めて離れて東京に赴任しました。東京医科歯科大学難治疾患研究所の基礎講座を担当する機会を得て、医学部出身者以外の多様性に富んだ研究者に出会い、大きく視野が広がった時期でした。特定のホルモンではなく普遍的な生命現象に触れてみたいという思いで、「慢性炎症」と「エピゲノム」をキーワードにして未知のものにチャレンジする毎日でした。2011 年12 月に臨床講座に復帰し、大きく変わった臨床の現場に戸惑いながら、これまでの基礎研究に加えて新しい臨床研究を立ち上げましたが、54 回目の誕生日を迎える直前に九州大学からお誘いいただき、2016 年9 月には清水の舞台から飛び降りる気分で福岡に赴任しました。今思えば、10 数年かけて作り上げたものを置いて、見知らぬ土地に単身で降り立つのは無謀な冒険でしたが、自分がどこまで通じるのか試してみたいという思いでした。臓器別・疾患別医学が席巻する現在、幅広い内科領域をカバーする総合内科講座のあるべき姿を模索しながら、内分泌代謝・糖尿病領域から消化器領域全体にわたって新しい研究にチャレンジできる喜びは格別です。

35 年間の研究生活、山あり谷ありでした。これまでのことを振り返ると、当時は一生懸命でも、こうしておけば良かったなあと後悔することしきりです。若い人たちには日々、後悔のないように何事も全力で取り組むようにと話すようにしています。過去を振り返り、今から頑張ってももう手遅れかなと思う反面、これから何をするのかによって、これまでの過去の価値が決まると感じています。過去を振り返る機会が増える年齢になりましたが、「これまでよりもこれから」をモットーに、新しいことにチャレンジしていきたいと思っています。