興和生命科学振興財団 設立35周年記念

価値のある研究とは何か

大阪大学大学院医学系研究科 腎臓内科学 教授
猪阪 善隆

猪阪 善隆

大学院時代に始まった研究生活を振り返ってみると、腎臓への遺伝子導入や遺伝子治療の研究、オートファジーの研究、ネフローゼ症候群や慢性腎臓病に伴う骨ミネラル代謝異常などの臨床研究など様々な研究に携わってきた。一貫性がないと思われるかもしれないが、腎臓病患者の予後を改善できる新規治療法などを開発したいという思いは変わらない。これまで研究に携わることができたのは、多くの優秀な指導者の先生方に巡り合え、興味深い研究成果が得られたことにより研究をすることの魅力に引き込まれたからに他ならない。研究の成果は必ずしも直ぐに臨床応用されるわけではないが、研究にはゴールはない。ノーベル賞を受賞された大隅良典先生は受賞後も精力的に論文発表を続けておられる。研究に対する好奇心は常に持ち続けたいと思っている。

一方、大学院生を指導するようになり、研究をするうえで考えていることは「価値のある研究」をしなければならないということである。「価値のある研究」は3つの条件を満たす必要があると考えている。一つは「本質的な問題提起である」ということであり、研究成果が今後の方向性に大きく影響を与える研究であるということである。近年、多くのバイオ医薬品が開発されているが、これらはアカデミアの研究成果に依ることが多い。例えば岸本忠三先生のIL-6 の研究は多くのリウマチ患者に福音をもたらした。二つ目は「深い仮説」があるということである。既知の事実から導き出される仮説には深い洞察が必要であり、その仮説が「新しい構造」で医学を説明しようとしている必要がある。教科書や論文がすべて正しいわけではない。疾患分類のようなものでさえ、常に改訂されるものと考えた方がよい。しかし、単なる思いつきではなく、これまで報告されたものから、十分に考察する必要があることは言うまでもない。三つ目は現在の科学的技術を用いて、答えを導き出すことができるということである。利根川進先生も「精神と物質」の著書の中で、「テクノロジーがなくて出来ないと思っていることの中にも、そのときavailable なテクノロジーをギリギリまでうまく利用すれば、何とか出来ちゃうという微妙な境界領域があるんですね。」と述べておられる。近年、single cell RNA 解析やオルガノイド、AI など様々な研究テクノロジーが使用されるようになっているが、テクノロジーありきではなく、研究者が解明したい疑問にどのようなテクノロジーが利用できるのかを探ることが重要である。令和時代の若き研究者の研究によりなされた多くの研究成果により、さらに医学が発展することを期待したい。